2011年6月28日火曜日

残されたmelody

家族が残す思い出。たとえば言葉。たとえば夢。たとえばその姿。
彼女はmelodyを残し、その思い出はいまも心の中に生きつづける。
そして手から手と奏でられ、感動は伝えられる。人の優しさはこうして広げられる。

2011年6月12日日曜日

言葉

言葉はこのように心に届くことがあったのだろうか?
僕が手に握りしめ、その感覚が変わるくらい長い間語った道具、
それはなにか(だいじなこと)を変えただろうか?


2011年6月11日土曜日

おやすみ

語り合う。語り合えるという仕合わせ。それが
悲劇の一幕を演出する(掲げられた)手であったとしても。その
薄暮のときが闇に向かっているあいだもわたしたちは語り合った。思わず
外に目を凝らすと小鳥はすでにその羽を休めていた。「良かった」
と、わたしはつぶやき、夜の町に出て行ったのであった。そこでは
あらたな偶然が人の思いを強くする
Melodyがわたしを待っているとも知らず。振り返れば
あなたはあらたな心とともに休んでいたのだ。それを見て
わたしは安心しつつも、夜が更けるにまかせて、あなたの寝顔を見つづけた…
おやすみ。

2011年6月2日木曜日

愛は奇跡のように…

愛は奇跡のように、その街角で待っている。ほら、
その道を曲がってごらん。あなたがその姿を、ずっと
思い浮かべていた人が待っているから、花束を持って。そっと
その香りはすでのあなたの心の中に満ちている。ほら、
その一歩を踏み出すだけでいいから…。

久しぶりにカフェオレを飲む…

久しぶりにカフェオレを飲む。
いつからカフェオレを飲んでいるのだろう?
僕がこの国の言葉と文化に興味を持ち始めた年月をさかのぼり考えてみる。
僕はあの国に行ってみた。見た。そして味ってみた。
その名さえ僕たちの国では未だ知られていなかった。
すごくsimpleな飲みもの。